希望によせて
キリストにあって 気まぐれに綴る日記 主が成したことを見て知って 記せますように
丁寧に・・
丁寧に返事をするべきだった と反省した
先日 神によって与えられた兄姉から ある聖会を誘われた
私は神に招かれない限り行かないし 招かれれば行く
その兄姉は熱心な福音派ペンテコステ系の信仰の持ち主だ
私が体調が悪いと言えば「祈ってもらったら治る」と言われるから
パニック障害のことは内緒にしている
さて数年間 信仰の話は 兄姉の方からしなくなった
私の行動が 彼らの思う「神に従う」とは正反対だからだ
私は 教会にも聖会にも出ず ずっと家に居た
家族のために出来る自分の分を果たしつつ 神に聞く生活だった
先日 ひょんなことから 私が「外出する気になった」と彼らは思ったのだろう
「考えてみますと」保留にしてあった聖会への招きの返事を待たず
「当日何時に迎えにいくから準備をしておいて」と昨日メールが来た
私は 私が知ったことを、はっきりと信仰を証しすることで
彼らに神の祝福が増し加えられるようにと考えていた
それで結構思い切ったメールの返事を返した
「もう古い私は死んで、キリストが肉の内側に居られます。
私は肉の想いのために 僅か1分でも使いたくはありません。」
↑ この二つ目の文章 これが送信してから心に引っかかった
まるで兄姉が「肉の想いで行動してる」と読み取れるではないか!
もちろん私自身のことを書いたつもりだが・・
一人の姉妹に 意見を聞くと 「そう聞こえる」と言われた
「神が書かせたのなら それでいいよ」と慰められたが
私はメールの返事を書いてた時の心が「丁寧でない」と反省した
最近予定を入れすぎてしまって(これは御心に叶っているはずだが)
昨夜遅く「早寝せよ」という示しを無視し メールと手紙の下書きをした
丁寧でない という言い方より どこを見て誰を見ていたのか
神を見つめて書いたのか?兄姉の足りなさを見て書いたのではないのか!
僅かのチャンスをダメにしたかもしれない
「私は死んで あなた方は生きる」ようにと祈った
今日 その姉から全く別の用件で電話があった
まるでメールの内容など読まなかったかのような声
主に感謝します
また愚かな私を憐れんでくださいました
忙しくても丁寧に 先を行っていても後ろの人を見ず
神を見て 行動できるように
主よ 助けてください
他人には どうこうと言っておいて 自分が油断してそうならないように
群れの中にいるから 自分も兄弟姉妹と同じだと油断しないように
主よ 戒めてください
主を崇めます
先日 神によって与えられた兄姉から ある聖会を誘われた
私は神に招かれない限り行かないし 招かれれば行く
その兄姉は熱心な福音派ペンテコステ系の信仰の持ち主だ
私が体調が悪いと言えば「祈ってもらったら治る」と言われるから
パニック障害のことは内緒にしている
さて数年間 信仰の話は 兄姉の方からしなくなった
私の行動が 彼らの思う「神に従う」とは正反対だからだ
私は 教会にも聖会にも出ず ずっと家に居た
家族のために出来る自分の分を果たしつつ 神に聞く生活だった
先日 ひょんなことから 私が「外出する気になった」と彼らは思ったのだろう
「考えてみますと」保留にしてあった聖会への招きの返事を待たず
「当日何時に迎えにいくから準備をしておいて」と昨日メールが来た
私は 私が知ったことを、はっきりと信仰を証しすることで
彼らに神の祝福が増し加えられるようにと考えていた
それで結構思い切ったメールの返事を返した
「もう古い私は死んで、キリストが肉の内側に居られます。
私は肉の想いのために 僅か1分でも使いたくはありません。」
↑ この二つ目の文章 これが送信してから心に引っかかった
まるで兄姉が「肉の想いで行動してる」と読み取れるではないか!
もちろん私自身のことを書いたつもりだが・・
一人の姉妹に 意見を聞くと 「そう聞こえる」と言われた
「神が書かせたのなら それでいいよ」と慰められたが
私はメールの返事を書いてた時の心が「丁寧でない」と反省した
最近予定を入れすぎてしまって(これは御心に叶っているはずだが)
昨夜遅く「早寝せよ」という示しを無視し メールと手紙の下書きをした
丁寧でない という言い方より どこを見て誰を見ていたのか
神を見つめて書いたのか?兄姉の足りなさを見て書いたのではないのか!
僅かのチャンスをダメにしたかもしれない
「私は死んで あなた方は生きる」ようにと祈った
今日 その姉から全く別の用件で電話があった
まるでメールの内容など読まなかったかのような声
主に感謝します
また愚かな私を憐れんでくださいました
忙しくても丁寧に 先を行っていても後ろの人を見ず
神を見て 行動できるように
主よ 助けてください
他人には どうこうと言っておいて 自分が油断してそうならないように
群れの中にいるから 自分も兄弟姉妹と同じだと油断しないように
主よ 戒めてください
主を崇めます
一週間
早寝早起き 子のために 私も努力した
朝から用事が片付くのは 気分が良い
体も軽いし 買物や 運動もできる
確かに以前は 睡眠が充分でないと
起床後目眩などで起きてられなかったが
どうやら そのような体力が付いてきたらしい
全く誰のための早起きか・・と感謝する
これから一年は 子の寝坊と遅刻を防ぐため
成人の子には甘すぎるが 共に起きて一日を始めよう
卒業までの負担も 神の訓練と祝福の証しと分かって
重荷も楽しくなってきた もちろんそれは軽い
今朝は久し振りに ゆっくり寝坊した
いちにちダラダラと過ごした
全く感謝なことです
主よ すべての人の重荷は あなたの願いから出ています
そのために心に留め祈りましょう
イスラエルのために 異邦人のために 失われた子羊のために
迷ってる子羊のために 選ばれた兄弟姉妹のために
家族のために 友人のために
キリストにあって正しい方を私が必ず選ぶように
その権威に全く従順であるように
憐れんでください
主を崇めます
朝から用事が片付くのは 気分が良い
体も軽いし 買物や 運動もできる
確かに以前は 睡眠が充分でないと
起床後目眩などで起きてられなかったが
どうやら そのような体力が付いてきたらしい
全く誰のための早起きか・・と感謝する
これから一年は 子の寝坊と遅刻を防ぐため
成人の子には甘すぎるが 共に起きて一日を始めよう
卒業までの負担も 神の訓練と祝福の証しと分かって
重荷も楽しくなってきた もちろんそれは軽い
今朝は久し振りに ゆっくり寝坊した
いちにちダラダラと過ごした
全く感謝なことです
主よ すべての人の重荷は あなたの願いから出ています
そのために心に留め祈りましょう
イスラエルのために 異邦人のために 失われた子羊のために
迷ってる子羊のために 選ばれた兄弟姉妹のために
家族のために 友人のために
キリストにあって正しい方を私が必ず選ぶように
その権威に全く従順であるように
憐れんでください
主を崇めます
神と離れてる気がする時
「燭台の中央には、人の子のような方がおり
足まで届く衣を着て、胸には金の帯を締めておられた」
黙示録 1−13
連休からの体調の不調のためかどうか解らないが
漠然とこの世に浸ってるのではないのか・・のような
キリストから離れてしまったのでは・・のような
姉妹と交わっても 親密で満足な味がしないし
この世の友人の渇きを潤す水が 私から出ていないし
子のことで 結構 理性の無い行動をしてしまったり
そいういうことは病気のせいではないと分かっているし
感じる重荷も しばらく続きそうだし
しかし「神は私を離されない」との確信はあった
だから とにかく 目の前のことだけを こなしていた
それがこの世のことでも なりふり構わずだ
イエスと同じように 死の直前は
神が見放したような感じになるものだと知っていたから
「大祭司は とりなしの重荷を表す胸当てを夜昼取り外してはならず
戦いに勝つまで着用する必要があった
ある人がとりなしの人であるとしたなら、
その心にある重荷は祈りが聞かれ、
戦いに勝利するまでそこに残ります・・」
【モリエル】 より
重荷を負うことが いけないことのように思ってた
クリスチャンは 重荷を負わない者だと思ってた
違うのだ
「イエスは イスラエルの重荷を負い
新約の大祭司として十字架にかけられ、
イエスに繋がれた者たちの重荷を負っている」のだ
わたしたちは イエスの後に続くもの
祈りは聞かれ それぞれ重荷を負っている
個人的な重荷というより 神の喜びのための重荷
教会のため 失われたひとたちのため
となりにいる人のため
救いの衣を着て 金の帯を締める方に 栄光あれ!
祈りは聞かれている 感謝します
足まで届く衣を着て、胸には金の帯を締めておられた」
黙示録 1−13
連休からの体調の不調のためかどうか解らないが
漠然とこの世に浸ってるのではないのか・・のような
キリストから離れてしまったのでは・・のような
姉妹と交わっても 親密で満足な味がしないし
この世の友人の渇きを潤す水が 私から出ていないし
子のことで 結構 理性の無い行動をしてしまったり
そいういうことは病気のせいではないと分かっているし
感じる重荷も しばらく続きそうだし
しかし「神は私を離されない」との確信はあった
だから とにかく 目の前のことだけを こなしていた
それがこの世のことでも なりふり構わずだ
イエスと同じように 死の直前は
神が見放したような感じになるものだと知っていたから
「大祭司は とりなしの重荷を表す胸当てを夜昼取り外してはならず
戦いに勝つまで着用する必要があった
ある人がとりなしの人であるとしたなら、
その心にある重荷は祈りが聞かれ、
戦いに勝利するまでそこに残ります・・」
【モリエル】 より
重荷を負うことが いけないことのように思ってた
クリスチャンは 重荷を負わない者だと思ってた
違うのだ
「イエスは イスラエルの重荷を負い
新約の大祭司として十字架にかけられ、
イエスに繋がれた者たちの重荷を負っている」のだ
わたしたちは イエスの後に続くもの
祈りは聞かれ それぞれ重荷を負っている
個人的な重荷というより 神の喜びのための重荷
教会のため 失われたひとたちのため
となりにいる人のため
救いの衣を着て 金の帯を締める方に 栄光あれ!
祈りは聞かれている 感謝します
連休
我家は連休後半が 皆の休みだった
しかし私は油断したのか体調を崩していた
久し振りの風邪 ウイルスに罹患した胃腸
そのために「うつ」状態になってしまった
神にあっては約束されていること それに反する想いが
出てくる沸いてくる 振り払えども辛い状態
とうとう薬を飲んだ そうしたら消えていく「うつ」と悪い想い
早く飲めば良かった 飲みたいなと思ったときに飲むべきだった
肉の想いが薬はなるべく飲まない方が・・と それに従った
何が正しいか どちらが間違いか 決めるのは神に権威がある
自分で考えようとすることが そもそも間違いだ
憐れまれて楽しく過ごせた
久し振りに家族で食事をし 話もした
へビーな内容もあるが 楽しみでもある
結果が分かってるから 経過を楽しめる
もちろん母であり妻である私は 家族の苦悩を共に感じてしまうが
姉妹が言ってた「空気が大事よ」と
耳が聞こえない人は 何を話しても傷つかない
目が見えない人は 何を書いても傷つかない
だけど共に居るときの空気は傷つける
逆に 空気が良いものを伝えることも真理
福音を 他人にどのように伝えるか
神を家族に どのように表していくか
愚かにも 考えてしまっていた私
薬ひとつ 神の勧めに 神の権威に従えず
福音 そんな大事なことを 誰が私にさせるのだ
体調が悪い私は 夫が非常に気づきの生活を送っていることに気づいた
神は される されている
反省しきりの連休でした
主を賛美します
しかし私は油断したのか体調を崩していた
久し振りの風邪 ウイルスに罹患した胃腸
そのために「うつ」状態になってしまった
神にあっては約束されていること それに反する想いが
出てくる沸いてくる 振り払えども辛い状態
とうとう薬を飲んだ そうしたら消えていく「うつ」と悪い想い
早く飲めば良かった 飲みたいなと思ったときに飲むべきだった
肉の想いが薬はなるべく飲まない方が・・と それに従った
何が正しいか どちらが間違いか 決めるのは神に権威がある
自分で考えようとすることが そもそも間違いだ
憐れまれて楽しく過ごせた
久し振りに家族で食事をし 話もした
へビーな内容もあるが 楽しみでもある
結果が分かってるから 経過を楽しめる
もちろん母であり妻である私は 家族の苦悩を共に感じてしまうが
姉妹が言ってた「空気が大事よ」と
耳が聞こえない人は 何を話しても傷つかない
目が見えない人は 何を書いても傷つかない
だけど共に居るときの空気は傷つける
逆に 空気が良いものを伝えることも真理
福音を 他人にどのように伝えるか
神を家族に どのように表していくか
愚かにも 考えてしまっていた私
薬ひとつ 神の勧めに 神の権威に従えず
福音 そんな大事なことを 誰が私にさせるのだ
体調が悪い私は 夫が非常に気づきの生活を送っていることに気づいた
神は される されている
反省しきりの連休でした
主を賛美します
ベテルかへブロンか
連休後半の始まりが低気圧で体が重いです
今日一日ゆっくりできたことを感謝します
前回のブログに書いた「身を引き締める」こと 今日は実行しました
勿論 1日の行動を自力で律するという意味ではありません
霊が「したい」と思うことを することです
なので朝ゆっくり起きたのに関らず家事がはかどりましたし
ゆる体そうも出来て、
午後は天気と体調で凹んでますが それもOKです
昨日 同じ県内の姉妹と久し振りに会いました
私が急に決めたのですが もう一人遠くの姉妹も誘いました
遠くの姉妹は主にあって来られなかったのですが
電話で久し振りに声を聞きました
久し振りなので その声が大変優しく頼もしく耳に入ってきたとき
とても安心できて ああ誘ってよかった
これで充分だわ と思いました
街中の店で ひとつだけ離れたテーブルがあり2〜3時間交わりました
内容は 別の姉妹から分けてもらった「アブラハムの旅」です
カルデヤのウル(バベルの塔のあった場所)で生まれ
偶像の彫刻家であった父を持ち
主の言葉によって その故郷を出て ハラン→カナンへ
シケム(肩という意味=重荷を降ろすところ=初めて主を知る)の
モレ(教師=神の知識)の 樫の木(硬い=力のあるところ)に来て
祭壇を作った(生贄を捧げた)のです
後 西にベテル 東にアイ(廃墟の山)を望むところに天幕を張り
(過去に背を向け神の方を向いて という意味)
→ネゲブ→エジプトへ(飢饉のため)=危機に陥ると肉は強いものに惹かれます
しかしエジプト=この世で罪を犯し 苦労してネゲブへ戻り
以前に天幕を張った場所へ戻って ロトと別れ
主が再びアブラハムに言葉を与えた
そしてへブロン(組み合わされたレンガという意味=交わり)の
マムレ(硬さ 活力)の樫の木のところに祭壇を築いた
この後 アブラハムはロトを救う
私たちは一つのレンガ これがしっかりと積まれて神殿の壁 一部となる
その状態で 初めて誰かを救うことが出来る
多くのクリスチャンはベテルで留まっている
エジプトへ出て再び許され 困難の末にへブロンへ到達させる
これが神のゆるぎない力と知識とに裏打ちされた場所 位置である
あなたは今 どこにいるのか?ということ
聖書で多く行動するのは男である
女は どこでも付いて行って共にいるが決定も指図もしない
ただ 常に見て 常に知ってる そして男を支えている
このようなことを話してる時 姉妹の瞳が 純粋な乙女のように
きらきらしていた それが印象的だった
交わりの日の前夜 食べ物が悪かったのか夜中下痢をした
朝も何度もトイレへ(下世話な話ですみません)
一応 彼女にメールすると 彼女も調子が悪いという
これで会うことが決定し 祝福されてると確信できた
なにしろ「ヒマだから会いたいなあ〜」が 今回の始まりだったから
この想いがエジプトからなのか 神からか自信がなかった
帰りの電車で いつもは乗らないJRに乗った
(地下鉄より運賃は安いが 時間がかかるから)
向かい合った4人掛けのシートに座った
途中で幼児2人を連れた母親がシートに座った
見たところ 5歳のお兄ちゃん 3歳の妹が私の向かいに
二人とも楽しそうに母親を取り合って
しゃべってる 手話で!
補聴器をお兄ちゃんがつけていたし 母親も声が出てなかったから
おそらくこの二人が耳が聞こえにくいのだろう
でもずっと手話で楽しそうに喋ってる
私は「楽しそうですね」と声をかけたくなった
母親が聞こえてるなら そうしただろう
でも 言いたい!早く決めないと駅に着いてしまう
と考えながら 私の手はバッグからメモ帳を取り出して
勝手に動いてる
「お子さん お二人とも話したいことが多くて楽しそうですね」
隣に座ってるお母さんの肩を とんとんと叩いてメモを見せた
降りる時 女の子が手を振ってくれた
お母さんは 会釈をしてくれた
声はなくても 充分に楽しかった
神は 素晴らしい
書ききれないことが多すぎる
今日は ここまで・・
今日一日ゆっくりできたことを感謝します
前回のブログに書いた「身を引き締める」こと 今日は実行しました
勿論 1日の行動を自力で律するという意味ではありません
霊が「したい」と思うことを することです
なので朝ゆっくり起きたのに関らず家事がはかどりましたし
ゆる体そうも出来て、
午後は天気と体調で凹んでますが それもOKです
昨日 同じ県内の姉妹と久し振りに会いました
私が急に決めたのですが もう一人遠くの姉妹も誘いました
遠くの姉妹は主にあって来られなかったのですが
電話で久し振りに声を聞きました
久し振りなので その声が大変優しく頼もしく耳に入ってきたとき
とても安心できて ああ誘ってよかった
これで充分だわ と思いました
街中の店で ひとつだけ離れたテーブルがあり2〜3時間交わりました
内容は 別の姉妹から分けてもらった「アブラハムの旅」です
カルデヤのウル(バベルの塔のあった場所)で生まれ
偶像の彫刻家であった父を持ち
主の言葉によって その故郷を出て ハラン→カナンへ
シケム(肩という意味=重荷を降ろすところ=初めて主を知る)の
モレ(教師=神の知識)の 樫の木(硬い=力のあるところ)に来て
祭壇を作った(生贄を捧げた)のです
後 西にベテル 東にアイ(廃墟の山)を望むところに天幕を張り
(過去に背を向け神の方を向いて という意味)
→ネゲブ→エジプトへ(飢饉のため)=危機に陥ると肉は強いものに惹かれます
しかしエジプト=この世で罪を犯し 苦労してネゲブへ戻り
以前に天幕を張った場所へ戻って ロトと別れ
主が再びアブラハムに言葉を与えた
そしてへブロン(組み合わされたレンガという意味=交わり)の
マムレ(硬さ 活力)の樫の木のところに祭壇を築いた
この後 アブラハムはロトを救う
私たちは一つのレンガ これがしっかりと積まれて神殿の壁 一部となる
その状態で 初めて誰かを救うことが出来る
多くのクリスチャンはベテルで留まっている
エジプトへ出て再び許され 困難の末にへブロンへ到達させる
これが神のゆるぎない力と知識とに裏打ちされた場所 位置である
あなたは今 どこにいるのか?ということ
聖書で多く行動するのは男である
女は どこでも付いて行って共にいるが決定も指図もしない
ただ 常に見て 常に知ってる そして男を支えている
このようなことを話してる時 姉妹の瞳が 純粋な乙女のように
きらきらしていた それが印象的だった
交わりの日の前夜 食べ物が悪かったのか夜中下痢をした
朝も何度もトイレへ(下世話な話ですみません)
一応 彼女にメールすると 彼女も調子が悪いという
これで会うことが決定し 祝福されてると確信できた
なにしろ「ヒマだから会いたいなあ〜」が 今回の始まりだったから
この想いがエジプトからなのか 神からか自信がなかった
帰りの電車で いつもは乗らないJRに乗った
(地下鉄より運賃は安いが 時間がかかるから)
向かい合った4人掛けのシートに座った
途中で幼児2人を連れた母親がシートに座った
見たところ 5歳のお兄ちゃん 3歳の妹が私の向かいに
二人とも楽しそうに母親を取り合って
しゃべってる 手話で!
補聴器をお兄ちゃんがつけていたし 母親も声が出てなかったから
おそらくこの二人が耳が聞こえにくいのだろう
でもずっと手話で楽しそうに喋ってる
私は「楽しそうですね」と声をかけたくなった
母親が聞こえてるなら そうしただろう
でも 言いたい!早く決めないと駅に着いてしまう
と考えながら 私の手はバッグからメモ帳を取り出して
勝手に動いてる
「お子さん お二人とも話したいことが多くて楽しそうですね」
隣に座ってるお母さんの肩を とんとんと叩いてメモを見せた
降りる時 女の子が手を振ってくれた
お母さんは 会釈をしてくれた
声はなくても 充分に楽しかった
神は 素晴らしい
書ききれないことが多すぎる
今日は ここまで・・





